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2003.8.29 アナログ

むかし、小学校のクラスで家庭への連絡事項を促すのに、担任の先生を中心としたピラミッド状の「連絡網」たるものが用意されていたが、いまの小学校は、担任の先生がメーリングリストを使って一括送信している。むかしは、情報の流通媒体が「紙」もしくは「音声」ベースであったため、このピラミッド構造が最も効率的な情報伝達形態だったのである。

コミュニケーションなくして組織は成り立たないとはよく言ったものだが、会社組織がフラット化してきたと言われるのも社内の情報伝達の手段が変わった証拠である。言い換えると、イントラネット、メーリングリスト等の最新鋭のツールを導入しているのに、組織が未だに横に層をなしている企業は、いわゆるダメ企業である。


2003.8.27 差別性

優位なものはさらなる力によって必ず劣化する。ニューヨークにあるエンパイアステートビルは世界一高い建造物であることで観光スポットになっていたが、数年も経たないうちにマレーシアのペトロナスツインタワーに抜かれてしまった。そのペトロナスツインタワーも建設中の上海国際金融センタービルに抜かれてしまうらしい。

超高層ビルの高さ競争はとどまるところを知らないが、カーボンナノチューブなどの新素材の開発が進んでいる昨今、このビルが完成したとしても数年でその記録も破られてしまうだろう。

その点、ビルが傾いてしまったことで有名なピサの斜塔は、今でも人気の観光名所となっている。

コンテンツの差別化とはそういうことである。

人についても同じことが言える。競争社会になればなるほど、テストで高得点とれるかどうかの優位性は問題ではなくなってくるものである。偏差値教育が問題視されているのもそれが理由だ。

2003.8.22 スイートスポット

ネットワーク技術用語に「ファイアーウォール」というものがある。ウォールとは言葉の通り「壁」であり、社内ネットワークを外部から守るための防御壁のことを言う。

ところが外部から通したいアクセスや情報もあったりして、壁にこっそり穴(入口)をあけておく必要がある。言わば社員専用の勝手口のようなものだ。

泥棒(クラッカー)はその入口を探して進入する。

我々はセキュリティを高めようと、入口をより小さくしたり、頑固なカギを付けたりして対処し続けているが、いずれにせよ、泥棒とのイタチゴッコに過ぎない。

一方で、世の中にはスイートスポットという考え方がある。目のつきやすいところに偽部屋への入口をわざと用意しておく方法だ。泥棒には部屋の奥行きなどわからないので本物の部屋が別にあることなど知りえないのである。

この原理は他のことにも当てはまる。同時多発テロは耳に新しい話だが、世界No.1を目指す米国、すなわち完璧主義だからこそ攻撃されるわけである。

強くなれば守る物も増え、それを守るためにさらなる力が必要になるものである。むかし、芸人アホの坂田が「アホは貴なり」と言ったが、情報戦と言われる昨今、攻撃から身を守るより、いかに攻撃する気をなくさせるかが重要である。

2003.8.21 情報の取り扱い

悪性ウイルスが世間を騒がせている。あるニュースではWindows Updateの存在を知らずにひどい目にあったユーザーを紹介していたのだが、いくらマイクロソフトがWeb上で警告・告知しても、ユーザーがそれを見にいかない限り、その情報はないも同然である。

これはゲームサイトでも同じことが言える。サイト側で不具合やNewリリースを告知しても、ユーザーが能動的にサイトまで来なければその情報はないも同然だ。インターネットのWebサイトが根本的にpull型のメディアによって構築されているのに対し、一方で、メールはpush型の構造をとる。すなわち、Webサイトがユーザーにとって能動的メディアであるならは、メールは受動的メディアになるわけだ。

そもそも日本人は、その文化的背景から受動的であるとされている。この根本原理に基づけば、携帯Webサイトよりも写メールの方が人気があるという事実にも納得できるが、エンターテイメントは人間の生活空間にとって、ある種の暇つぶしであるので、「携帯」と「エンターテイメント」を結びつける場合、Webというメディアを通じて遊ばせること自体が間違いである。

そもそも、癒しを求める時代にインタラクティブ性を追求すること自体が時代に逆行してはしないか。

2003.8.19 チカン

チカンは夜道で女性を襲う前、ある程度は女の子のリアクションを想像するだろう。すなわち、襲われたとき「キャー」などと言ったら彼らの思う壺である。むしろ彼らが興奮して被害は拡大する可能性がある。では、襲われたときどのように対応すれば良いか。

屁でもぶちかましてやればいい。
(そうそう出るものでもないが)

襲う気にもならないだろう。

2003.8.18 裁量労働

最近、ベンチャー企業だけでなく大手メーカーでも「裁量労働制」を採用する会社が増えてきた。「全ての人に時間は平等に与えられる」という考えに基づく言わば「成果物主義」だ。

そこまではみんなわかっている。問題はその先だ。

世の中の契約は全て個人対組織になってくる。個々は会社に属する正社員でありながらノウハウを会社でなく個人に蓄積しようとする。そして、優秀な人はより良い環境を求めて放浪することになるだろう。いずれ社会は破綻し、機会の平等へと再帰する。

若年層のフリーターが増えているのもそれが所以だ。社交性や協調性よりも自分がある特定の分野でいかに抜きんでることが重要だということになれば、学校教育も何ら意味のないものになるわけだ。

2003.8.11 ひまわり

長淵剛の歌に「ひまわり」というものがある。そのサビは、

きーたーへー♪ みーなみへー♪ ひがしへ♪ にーしーへー♪

というものである。本来この歌は、ひまわりは世の中が常に変化している様を黙って見ている、というものなのだが、実際にこの順序の通りに動いてみると、不思議なことに元いた場所へ戻ってしまう。

すなわちこの歌の本意は、

「ひまわりは人間が無駄にうろうろ動いている様を笑って見ている」

ということにした。まあどうでも良いが。

2003.8.10 逆転

人に物を頼むとき「言って、させて、誉める」とはよく言ったものだが、最近の会社は組織が縦に割れているせいでこの法則は成り立たない。 うまく自分の思惑を伝えようとするが、そもそもプロジェクトを進行する際、自分の目的と他人の目的が正確に一致するとは限らないため、いくらがんばっても無駄である。

名著「人を動かす」では、子供の好き嫌いをなくしたい親が、子供の強くなりたいという願望を知って「なんでも食べれば強くなれるよ」と言って好き嫌いをなくさせたのはあまりに有名な話だが、相手の目的を正確に理解することがプロジェクトを成功へと導く。

ビジネスでも、どれだけサービスがいいかを訴えるのではなく、どれだけクライアントにメリットがあるかを陳述すべし。

2003.8.9 努力

努力。すごく響きはいいがこの言葉は慎重に扱わければならない。方向を間違えれば、すればするほどダメな方向に向かうからだ。このように「好き」と「嫌い」、「良い」と「悪い」などは、ベクトルの向きは違うが対象にしばられているという点で同じことである。すなわち、意中の彼女を射ようとするときなどは、「嫌い」と言われるよりも「好きでも嫌いでもない」と言われるのが一番こたえる。

2003.8.8 ダメ

感想を人に聞くと、たいていの人は悪いところだけを言う。ところが批判家と違ってここに悪気があるわけではない。人は、良いと思ったことには気づきにくいものだからだ。批判家とは心構えが全然違う。

批判家は人の話を一旦受け止めるという術を知らない。「ダメだね」って言うタイミングを計ってるだけである。前提にあるのは「ダメ」で、裏を返せば「自分っていいよね」ってことに過ぎない。

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